トワイライトスタート〜twilight start〜
著者:shauna


夕闇(トワイライト)・・・・・
 人々は家へと戻り、子供は夕食が出来るのを急かす。
 店も商店などは大半が店終いの支度をし、宿屋は外の行燈の中へと静かに明かりを灯す時間帯だ。
 時は蒼き惑星(ラズライト)歴1901年の闇の月の31日。
 夕焼けを通り越し、空がピンクと紫の境界を示す時間の冬ともなれば当然気温は一言で言えば“フザケルな!!”的な温度となる。
 そして、こんな時間帯ともなれば、当然、旅人としてはもう宿を取って静かに暖かな夕食でも取りながらのんびりと今日一日の疲れを癒し、明日のことを考えながら、熱い風呂にでも入って、ベッドに入り約5分で夢の世界へと旅立つというのが最良の一日の終わり方だ。
 そして、それは彼、“アスロック・ウル・アトール”においても変わらないことだ。
できれば、今頃はそれなりの宿屋で食堂から漂うほんわかとした美味そうな匂いを嗅ぎながら、ベッドに体を横たえて、トロトロと目を萎ませながら半分夢見心地というのが理想。
「ハァ・・ハァ・・・」
というよりもその予定だった。彼自身の建てたプラン通りに事が運んでいたならば、今ごろは既にスペリオル聖王国の王都スペリオルシティの4つ手前の町、ホートタウンの宿屋に付いているはずだったのだ。
「ハァ・・ハァ・・・」
こんなトラブルさえなければ・・・。
「クソー!!!お前らしつこいぞ!!!」
走るのを止め、後ろに向けてアスロックはそう叫んだ。
「もういい加減に諦めろよ!!何が悲しくて男共と川辺を延々と鬼ごっこしなきゃならんのだ!!お前らはあれか!?ソッチ系の人間か!?残念ながら俺にそっちの趣味はないぞ!!」
「うるせー!!黙って持ち物一式とその腰のエアブレード、ついでにその鎧も置いてきな!!」
ゼェゼェ・・と息を荒くしながら膝に手をつきながらアスロックは目の前の敵に疲れ果てた目を向けた。
それに対し、目の前の敵は馬に乗っているせいか、一切の疲れすら見せずにこちらに向けて槍の先端を向けている。
黒髪の田舎っぽい青年とそれに対峙する髭生え放題スキンヘッドの大男とついでにそれに伴う小柄なのとかデブなのとか筋肉質なのとか一切特徴が無い雑魚Aみたいなのとか占めて20人。
まあ、この状況を見て楽しく鬼ごっこで遊んでいると言うモノは例え何らかの事故で心をヤッてしまった人間ですら居るまい。
つまり、今アスロックは襲われているのだ。
盗賊とか山賊とかいうちょっと時代遅れな人達に。
「お前が金持ちなのは分かってんだよ!!この先にあるのは金持ち共が足蹴く通う魔法使いの屋敷への道だ!!それ以外にこの先に建物は無い!!」
これはまた状況が悪い・・。しかし、アスロックはあきらめずに本日3度目となるこのセリフを吐いた。
「だから違うって言ってるだろ!!俺はホートタウンに向かってる途中なんだよ!!そんな魔法使いとやらの屋敷なんかに用はない!」
「黙れ!!だったら聞くがお前どこから来た!!」
「朝方、リュシオンシティーを出た所だ!!何か文句があるか!?」
「ハッ!!笑わせてくれるぜ!!」
後ろに居た部下達が爆笑した。
「リュシオンからホートまでなら道すがら行けば半日で着くじゃないか!!朝方出たんだったらとっくにホートの宿屋で“お寝んね”の時間だろ!!それが丸一日かかって何で中間地点のこんなところに居やがる!!しかも、道を大きく外れてこんな山奥に!?そんなウソは地元の人間ならガキだってひっかからねーぞ!!」
「うっ!!」
髭オヤジの言うことは確かに正しかった。朝靄の掛かる明朝。宿屋の主人に確認したから間違い無い。あの時間に出ていれば普通の男の足なら午前中にはホートタウン名物ネギ饅頭に舌鼓を打っているところだ。
ところが現在いるのはさっき見た橋の名前が頭の中に叩き込んだあの地図のあの橋と同じだとすると、おそらく現在位置はホートタウンとリュシオンを頂点とし、その2点を結んだ直線を底辺とする鋭角二等辺三角形の鋭角の頂点の辺り。すなわち、激しく迷っている。
というのも、アスロックという男は重度の方向音痴なのだ。
その程度を説明すると、広い街に行けば必ず迷い、本来なら1年で到着するはずの道程を3年半が経過しようとしている今でもたどり着けないぐらい・・。
もちろん本人としては寄り道なんてせずに真っ直ぐにスペリオルシティを目指しているのだが・・・。
まあ、ともかく、その方向音痴のせいで今彼はこんなトラブルに巻き込まれているのだが・・・
「よく聴け、金髪の兄ちゃん。その腰の剣と財布さえ置いていけば命までは取らねぇ。世の中、命あってのモノダネだろ?」
「断る!!俺は俺の話を信じない野郎は信じないことにしている!まあ、相手がちょっと美人だとたまにすぐ信じるけど!!」
「うるせー!!人の好意を無下にしやがって!!野郎ども!!殺せ!!」
オォオー!!という雄叫びと共に髭オヤジの後ろに居た男達が馬に添え付けられていた様々な武器を手にした。
剣、槍、斧。その中にはどこかの民族専用の武器だろうか?見慣れない形のものまで多種多様だ。
「仕方ねぇな!!」
アスロックはそう言って腰から剣を抜いた。
<エアブレード>。魔道銀(ミスリル)で作られたこの剣は風の魔力を使い切れ味を増大させることができる。
アスロックはエアブレードを中段に構え、まず向かってきた小柄な男の剣を叩き落とし、その男の首に向かってエアブレードの鞘を打ち付けた。殺した男は一瞬にして動かなくなる。
他の男達は足を止め、ややドン引きしているようであるが別に殺したわけでは無い。無益な殺生をするのはアスロックの流儀に反するし、それにこんな奴らを倒したところで何の自慢話にもならないだろう。
そのまま剣を大上段に構え、中央に居た敵の剣(スペリオルでない)を3本程真っ二つに叩き斬り、そのまま体を回転させるようにして鞘で腹部などを打ち付けていく。
それでも尚残る盗賊。人数はまだ15人程。
剣だけでも勝ち目はある。しかし、単純にめんどくさい。
仕方なく、アスロックは手段を変えることにした。
「火炎障壁(ファイア・ウォール)!」
別の手段。すなわち、魔術だ。
「おい!!なんだそれは!!」
髭オヤジが大声で唸った。
まあ、当然だろう。彼の目の前に出現したのは火の壁などでは無い。マグマの壁だったのだから。
“魔術とは世界であり、魔術とは己が魂の形である。”
なんて言葉を昔の大賢人が残しているが、まさにその通りで魔術というのは使い手によってデタラメに影響を受けてしまう。
すなわち、使う人とその詠唱法によって同じ魔術でも、威力が格段に変わる。
それが例えば“火炎障壁”ならそれこそ、腰ぐらいの高さの火の壁からマグマの壁まで。
そしてアスロックにおいてはどうやら“火”という属性はまさしくビンゴらしく、火を扱うことによって異常なまでの威力を発揮する。
流石にこれにはビビったらしく、15人もいた大の大人達は半ベソをかきながら逃げ出った。
約一名を残して。
「さてと・・・って・・あんたまだ居たのか?」
「当然だ。」
残っていたのは敵の大将、すなわち髭オヤジだった。
「ここで引き下がるような奴が盗賊なんかやってられるか!?」
いや、今あんたの部下逃げてったじゃん!と言いたかったが何か言ったら負けな気がした為やめておいた。
髭オヤジは腰からエア・ブレードを抜く。左の腰から大刀、右の腰から小刀の2本。エア・ブレードによる二刀流。中々に珍しいものである。
だが、まあ・・・・
見た目とその強さが見合っていることなど、雑魚キャラには一切無いわけで・・・・・
「おりゃ!」
・・・無いわけで・・・
「てりゃ!!」
・・・・・・
何だこの髭。以外に強いじゃないか・・・
 アスロックが思っていたより髭オヤジは強かった。
 我流ながらちゃんと筋の通った剣さばき。フットワークも中々に見事だ。いつの間にかアスロックが防戦一方になる。
 「おいおい・・マジかよ・・・」
 アスロックは少々驚いたように・・・また、何かをあきらめたように呟いた。
 この髭。本当に強い。盗賊なんかやってるより、どこかの軍にでも志願すればそれなりの地位と権力を約束されるはずだ。
 だが、アスロックとてそれに負けるはずがない。何しろ、過去が過去だ。
 「仕方ない・・。」
 アスロックはそう呟いて、鞘を捨て、剣を両手で握った。
 「髭。ケンドーって知ってるか?」
 「あ?」
 髭の動きが一瞬止まる。
 「ケンドー?」
 「ああ・・東の国の剣術らしいんだがな・・俺も友達から聞いたことしか無いが!!」
 そこまで言ってアスロックはエア・ブレードを中段に構える。そして、次の瞬間。一気に相手の頭めがけて斬りこんだ。間一髪の処で髭も剣を構え防御する。
 「なんだこりゃ!めちゃくちゃ重い!!」
 髭の顔が歪む。というのは、たった一撃がものすごく重たいのだ。それこそ一撃一撃が必殺の威力を持ち合わせる程に。
 しかし、髭も剣で防御した直後には大成が緩む。アスロックはすかさずショルダー・カードで捨て身タックル。相手が大勢を崩した所を一気にエア・ブレードで斬りつけた。
 「ぐっ!!!」
 髭も流石にこれは効いたようである。
 急所を外した為、死ぬことはないだろうが、足を切りつけた為、しばらくは動けないだろう。
 「じゃあなオッサン。俺はまだやる事があるから先に進む。」
 「フッ・・まあ、痛み分けって奴だな。」
 ?
 この髭オヤジ一体何を言っているのだろうか?そう思ったのも束の間。アスロックはその言葉の真意を知ることになった。
 「アーーーーーーーーッッッッッッッ!!!!」
 日も完全に沈んだ森に男の叫び声が木霊した。
 「オレの大事なエアブレードが・・・。」
 見事なまでに中腹が砕けて真っ二つに・・・。
 剣2本を重ねた威力を一本の剣で受け続けたのだ。
 よくよく考えてみると有り得ないことではなかったが・・・・
 「テメェ!!人のモノ壊しちゃダメって母親に教わらなかったのか!?」
 「うるさい!俺は母親の言うことは無視して生きてきたんだよ!!小さい頃、母親に『知らない人について行っちゃダメよ。』って言われたけど、それも無視した。
だって俺人見知りしたくないし!!」
 もはや止めるのが嫌になる程、低レベルな喧嘩である。
ともあれ、叫んだところで剣のヒビが治るわけではない。
 その事に小学生の喧嘩を1時間続けて初めて気が付き、アスロックは折れた剣の切っ先と柄の部分を渋々鞘に戻した。
 そして、歩けない髭を無視してスタスタと歩き始める。
 おそらく、エア・ブレードは買い替えなくてはダメだろう。
 今使っているこのエア・ブレードはこの世に2つと無い特別な剣というわけでもないが、今まで一緒に苦難を乗り越えてきた為、どことなく愛着がある。でも、これ以上の連続使用を繰り返せば、いずれは刃が折れるだろう。
 よし!この剣は用事を済ませてガルス帝国に帰ってから家にでも飾つことにしよう。エア・ブレードなんてそれほど高級な物でもない(もちろん、
ピンキリではあるが・・・)。次のエア・ブレードの名前などを考えつつアスロックは暗く静まり返った森の中を歩いていく。
 「そうだな・・・次のエア・ブレードは“ゴルディオン2”かあるいは・・・・ギャリック1901にでもするか・・・あ!かめはめMk.2とかでもいいな・・。」
 そんなネーミングセンスゼロなことを言いがらひたすら暗い森を歩いていく。すでに空には月が昇り、辺りを青白く照らしていた。
 しかし、アスロックは歩き続ける。
 当然だ。
 彼には目的があるのだ。
「・・・・」
そう、目的が・・・・
「・・・・」
・・・・
「そうだった・・・」
アスロックはそのまま地面に倒れこんだ。
そうだ、すっかり彼は忘れていたのだ。自分がいま迷子であるということを・・・・
思えば、もう一刻程歩いてしまっている。くだらないことを考えていたせいで、時間が経つのを忘れていた。
こういう時間が短く感じるのを確か相対性理論とかいうとファルカスから聞いた気もするが、今はそんなことはどうでもいい。
ホントにどうでもいい。
ともかく、さっきの二等辺三角形の鋭角頂点からもう大分歩いてしまった。気が付けば森も出口である。
月の高さから見るに時刻はもう夜中だろう。
こんな時間に空いている宿屋など見つかるはずもない。
しかも挙句の果てにアスロックの顔に冷たいモノがいくつか当たった。
まさか・・と思い天を仰ぐ。
「マジかよ・・。」
それは1年ぶりに見る白い結晶だった。
深々と舞い落ちる雪。
これはマズイ。下手したら凍死するかも知れない。
鎧は攻撃から身を守ってはくれるが寒さまでは守ってはくれない。
ついでに顔はむき出しだ。
道理でさっきから耳たぶが切れそうな程に痛いと思った。
しかし、天気だけはいくらスペリオルでもどうすることも出来ない。幸い、炎の術は得意分野だ。
仕方なくアスロックはその場で野宿をしようと荷物の中から簡易的な食料を取り出そうとした時。
「お・・!」
森の出口の向こう側。
小さな明かりを見つけた。
森の中にたった一つだけポツンと佇む一つの明かり。遠目に見ている為、それが街頭なのか、はたまた何かの目的があってのモノなのかも一切分からない。
だが、明かりがあるということは少なくとも人がいる可能性が高い。
流石、俺。頭良い。
そして、その頭の良さはどうやら俺の記憶力にも生かされてしまったようだった。
先程あの髭オヤジが言っていたことを思い出したのだ。
「『金持ちが足蹴く通う魔法使いの屋敷』・・」
アスロックの脳内に某菓子メーカーの魔女が思い浮かんだ。
三角帽に黒いマントを着てねとねととした液体を長い棒でかき混ぜている様子。もちろん笑い声は“ヒッヒッヒッヒッヒ”だ。
「・・・食べられちゃったりしないよな・・。」
アスロックは苦笑いを浮かべた。
でも、まあ、雪の日に外で寝るよりは魔女の研究室で包丁を研ぐ音を聞きながら寝る方がまだマシかも知れない。
ちょっと食べられるかもしれないけど・・・
しかし、背に腹は代えられず、アスロックはその明かりの方へと足を向けた。



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